子どもたちの笑顔が教えてくれた”能登の力”~能登半島地震災害の被災地での活動①
私たちは、9月14日(日)~17日(水)の4日間、看護学科4名、健康栄養学科1名、社会福祉学科1名の計6名で能登半島の災害があった地域を訪問しました。被災地の現状がどのようになっているのかを確かめるとともに、私たちにできることを考え、それを提供したいという思いで現地に向かいました。この4日間は、現地の方々とのつながりや、ボランティアの意義、能登の魅力などさまざまなことを感じ取った日々でした。ここからは、私たちが行ったことや感じたことを各活動日ごとに紹介します!
今回は最初の2日間の記録です。
★この活動は、公益財団法人日本財団ボランティアセンターの共催で実施しました。学生の費用を負担していただいたこと、感謝申し上げます。
【スケジュール】
<1日目>9/14 AM高崎発→新高岡着(新幹線)
PM子ども食堂「そしじ」(志賀町)
<2日目>9/15 AM/PM INSPIRE BASE Sun Rise(輪島市門前町)
<3日目>9/16 AM/PM 能登就労支援事業所やなぎだ荘(能登町)
<4日目>9/17 AM老人保健施設「和光苑」(七尾市)
PM新高岡→高崎駅(新幹線)
【1日目】
レンタカーの中で、復興への期待と現状を知りたい欲求、ボランティアとして役に立てるのかという不安など抱え、小雨であり天気を心配しながら現地へ向かいました。
道中に印象的であったのは、「地震に強い」「耐久性に優れた」をキャッチコピーとして書かれた旗の立つ建設途中の住宅でした。群馬県ではあまり見ない風景であり、地震が多い地域ということを目の当たりにしました。
現地に到着し、天気は晴れていて自分たちにできることを全力で行おうと気合いを入れ、3泊4日のボランティア活動が始まりました。
<活動内容>
志賀町にある子ども食堂「そしじ」を訪問。
子どもたちと一緒に食事の配膳や後片付け、掃除など
<感じたこと>
ただ作業をするだけではなく、その場の雰囲気を大事にして、みんなが安心して楽しく過ごせる時間を作ることが大切だと気づきました。特に印象的だったのは、子どもたちが誕生日会の司会やインタビューを元気いっぱいに進めていたことです。私は子ども食堂を「ご飯を食べる場所」と思っていましたが、実際には子どもから高齢者まで世代を超えてつながる交流の場でした。
地元の野菜や魚を使った食事からも地域の温もりを感じられ、子どもたちの笑顔や高齢者の穏やかな表情から、私自身も力をもらいました。現代では人と人のつながりが希薄になりがちですが、この場所が地域を結び付ける大切な役割を果たしていることを強く感じました。
【2日目】
レンタカーで現地へ向かう途中、震災の爪あとが今も残る町並みを通りぬけていきました。家の瓦が一部だけ壊れたままになり、修復途中の建物が点々と見られました。地震直後のような崩壊ではなく、発生から1年8か月程が経った今だからこそ見える、復興の途中を感じさせる光景でした。少しずつ前へ進もうとする町の姿に希望を感じる一方で、完全には癒えない傷跡が残っていることに、胸が締めつけられるような複雑な気持ちになりました。
<活動内容>
木材で作られた子どもの遊び場に防腐剤を塗る作業
< 感じたこと >
作業中、周囲にはまだ家屋の解体が進められていて、静まり返った町の中で重機の音だけが響いていました。新しいものを作り出す喜びと同時に、失われていくものへの寂しさも感じました。そんな中、地元の方から「はるかのひまわり(*1)」の話を伺い、自然や植物、景色といったものが人の心を励ます力を持っていることを改めて実感しました。長時間の作業は体力的に大変でしたが、美しい海を眺めながら「この景色を子どもたちに安心して楽しんでもらいたい」という願いを込めて作業を続けました。最後に遊具がきれいに仕上がったときには、大きな達成感に包まれました。復興は建物を直すだけでなく、人が集い、笑顔を取り戻せる場をつくることを強く感じた一日でした。
*1)はるかのひまわり・・・・阪神淡路大震災で被災した方の被災跡地に咲いたひまわりの種を自然災害地域に配布する活動で、その種をもらって植えたというひまわりが活動場所でもたくさん咲いていた
(文責:看護学科1年 伊藤 美優 / 樋口 実保)