【国際交流】2026年 薬学アイルランド/イタリア研修 (9月11日~21日)
海外での薬局の役割や薬剤師の業務、薬学教育について学ぶことを目的に、2026年度薬学科の海外研修が実施されました。研修先は、アイルランドダブリン大学トリニティカレッジ(TCD)薬学部とイタリアパルマ大学です。研修には、これまで最多の7名(4年生1名、3年生2名、2年生4名)が参加しました。9月11日(木)に成田空港を出発して、ダブリンへ向かいました。経由地ミラノからダブリン行きのフライトに乗り遅れるなどのトラブルがありましたが、ほぼ2日かかりで13日午後にダブリンに到着しました。参加した学生たちは、それぞれダブリン市の郊外にあるポートノーマックにあるホームステイ先に移動して、研修を開始しました。

ホストファミリーに挨拶を済ませたのち、バスで市内へ移動しトリニティカレッジのフロントスクエアに集合し、少し大学構内を散策しました。すぐ近くにあるヴィクトリア朝時代から営まれてきた薬局、Sweny’s Pharmacy (1853年開業)を訪れました。ジェイムズ・ジョイスの1922年の小説『ユリシーズ』に登場することでよく知られている薬局です。この小説は、ダブリンを舞台に、1904年6月16日のわずか1日の出来事を描いた物語で、作中で主人公が購入するレモンソープが現在でもお土産品として販売されています。現在は、薬局としては営業していませんが、当時のダブリンの様子を記した古書やポスター、印刷物、薬局で使われていたと思しき化学薬品や処方箋などが店内に雑然と展示されていて、現在では観光スポットして有名です。

トリニティカレッジのフロントスクエア(右は『カンパーニレ』と呼ばれる鐘塔)

ダブリン2日目は、全員でアステラス製薬工場を訪問しました。今回で3回目の訪問になります。ダブリン市郊外にあるアステラス製薬工場にはプラントが3つあり、その中で過活動膀胱薬(選択的β3アドレナリン受容体作動薬)ミラベグロンおよび排尿障害改善薬(選択的α1遮断)タムスロシン(ハルナール)の原薬製造過程および品質管理部門を見学しました。忙しい中、時間を割いていただき現場の職員から、直接英語で各製造工程(混合、縮合反応、結晶化)について説明をしていただきました。製剤学の授業で習う製剤機械や単位操作を目で見ながら、英語で理解するとても貴重な機会でした。見学の最後には、社員食堂でサフランライスやキッシュなど現地のローカルグルメをご馳走していただき、学生たちは美味しいランチにも大変興奮していました。

9月15日からトリニティカレッジ薬学部で授業が開始されたのに合わせて、薬学部3年生に開講されている薬理や臨床薬学に関する専門の授業を聴講しました。トリニティカレッジの授業時間は1コマ約1時間(授業は約50分、教室移動に10分)、時間割は午前9時から午後6時までみっちり詰まっています。健大での授業は、教員から紙媒体でレジュメが配布され、授業を聞きながらノートをとるスタイルですが、トリニティカレッジではデジタライゼーションがとても進んでおり紙媒体は全く使用されず、授業資料は事前にPDFで配布され、ノートパソコンでメモを取り、アンケートフォームで教員の質問に答えるスタイル。臨床薬学に関する授業では、先生に指名された学生が、その場で患者の臨床シミュレーションに臨み、コミュニケーションスキルを鍛える実践的な授業に大変感銘を受けていました。

薬剤師のコミュニケーションスキルに関する授業資料から(転載禁止)
9月16日は、午前9時からトリニティカレッジのすぐ近くにあるBoots薬局を訪問しました。トリニティカレッジで臨床薬学を担当されているRossi先生が、アイルランドにおけるコミュニティー薬局の役割や薬剤師業務に関して、現場で丁寧かつわかりやすい説明をしてくださいました。アイルランドでは医師が不足しており、医師の業務を負担するため薬剤師にはいくつかの権限が認められています。例えば、トレーニングを受けた薬剤師がインフルエンザなどのワクチンを接種したり、膿痂疹(とびひ)や結膜炎などなどの軽症疾患に対する処方箋発行などを行うことができることを学びました。また、アイルランドでは、薬局薬剤師による問診と患者に対する服薬指導などのコミュニケーションがとても重要視されており、医薬品管理の情報共有などのコミュニケーションが徹底されていました。

トリニティカレッジには『Kellsの書』(約1200年前にアイルランドの修道院で制作された、ケルト美術の最高傑作とされる豪華な手写本の福音書)を保存している由緒ある図書館(The Long Library)が観光スポットとして人気があり、近くには国立美術館など文化施設が点在しています。また、店舗やレストランが立ち並ぶ街区がすぐ近くにあり、学生は授業が終わった午後に街並みを散策して異文化を体験しました。とくに、人的交流としてこれまでお世話になっている、日本人サークルが開催する新歓企画「折り紙の会」にも招待していただき、様々な国から来ている学生たちとも日本語や英語で楽しく交流し、友好を深めました。

The Long Library で記念撮影
アイルランド研修を終えて17日の木曜日の午後、ダブリン国際空港からミラノマルペンサ空港へと移動しました。時差が1時間あるため、ミラノに到着したのは午後11時過ぎでした。手配していたタクシーに乗り、パルマまで2時間弱、目的のホステルに到着したのは午前2時過ぎでした。翌朝、18日の午前はみんな一緒にバスでパルマ大学薬学部(正式には、Department of Food and Drug Science、日本語訳 食品・薬品科学部)へ移動しました。学内の実習室や研究室を見学し、パルマ大学についてレクチャーを受けました。イタリアもアイルランドもエラスムス+(Erasmus+)に加入する大学間では、モビリティというシステムがあります。モビリティは、EUが資金を提供し、学生や教職員、若者などが国境を越えて欧州内外で学び、指導や研修を行うプログラムです。学生は学位課程の一部として2ヶ月〜12ヶ月間学ぶことができます。また、教職員の交流も認められており、指導・研修を目的として、海外のパートナー機関で授業を行ったり、研修を受けたりします(期間は数日間から数ヶ月)。日本では言葉の障壁がないにもかかわらず、大学間でこのような交流は一般的に行われてはおらず、当然それを推進する公的資金のサポートもありません。そのことを考慮すると、いかに欧州諸国が多様な人的交流を実現しているかがわかります。開放的になりつつあるとはいえ、日本の大学は依然として縦割り意識が根強く、人的流動性も低いままであり、まだ閉鎖的な側面が残っていることを痛感しました。

パルマ大学薬学部での研修の様子
パルマ市街で昼食を楽しんだ後、午後はパルマ大学附属病院薬剤部を訪問しました。薬剤部に勤める薬剤師さんからまずは手厚いおもてなしを受け、1時間ほど病院薬剤部での薬剤師業務に関してレクチャーを受けました。パルマ大学付属病院は、ベッド数1,067床、従業員4,712人を擁するパルマ最大級の病院です。それほどの規模で有賀ながら、薬剤部で働く薬剤師はたった20人、しかも全員女性。女性が多い職業であることは、イタリアも日本も共通しているようです。パルマ大学附属病院薬剤部では薬剤師は、主に『感染症』、『がん』、『腎疾患』の3つのカテゴリーに分かれ、専門性の高い業務をこなしています。

パルマ大学薬学部での研修の様子
薬剤師の業務として、日本と同様、以下の4つが基本です
・処方箋の監査
・用法・用量の確認
・LASA(Look alike sound alike; 聞き間違え・見間違え薬)や計算ミスの防止
・相互作用/副作用モニタリング。
特に興味深かったのは、Compounding(コンパウンディング)業務、に関するお話です。『Compounding』は、日本では院内製剤を調製するときに使われる用語で、患者個人のニーズ(アレルギーや飲みやすさへの配慮、市販薬にない用量などの調製)に合わせ、薬剤師が原材料や複数の医薬品を組み合わせてオーダーメイドの薬を調合・作製することを指します。主にアメリカなどの海外で一般的な薬剤師の職能であり、「混合調剤(既製品の混ぜ合わせ)」よりも、さらに知識や技能を必要とする「原薬(粉末)からの製造」に近い業務を担います。レクチャーでは、無菌操作と薬剤師の薬剤曝露を防ぐ仕組み(安全キャビネットや防護服)などに詳しく教えていただきました。その後、調剤の現場を見学しました。補助員の方々が処方箋に従って、薬袋を用意、調剤を行い、最終的に薬剤師が監査して、患者に交付する効率的な分業フロー体制を確認しました。
欧州2か国を一週間ほどで巡る駆け足での研修ではありましたが、先進国における薬局の役割や薬剤師業務について学生にとって多くの学びがあったと思います。薬剤師の使命は、医薬品の適正使用に徹し患者の生命を守ることにあるのは日本も同様です。しかし、その使命を如何に遂行するかは国ごとに異なります。諸外国の医療制度との違いを学び、その優れた知見を我が国の医療へとフィードバックすること、そして、日本の薬剤師が国内に留まらず、世界を舞台に活躍する日が来ることを心より期待しています。高崎健康福祉大学薬学科の学生からも、将来の医療改革を牽引する人材が輩出されることを願い、本研修プログラムを今後さらに拡充・発展させてまいります。
最後に本研修プログラムをご支援いただきました本学理事長、学長はじめ国際交流センター、並びに関係者各位に心より厚く御礼申し上げます。